まだたべ

新井由木子【まだたべ】vol.045 涙の訓戒の巻 | Delicious Web

先人の知恵を侮るなかれ。“まだ食べたことのないもの”が気になって仕方がないイラストレーター・新井由木子さんが、食べるモノや関わるヒトと奮闘する日々を綴ります。 『こういうことをしてはいけない』と言ってくれる、人生の先輩方の訓戒は大切です。  しかし人間とは弱いもので、頭ではわかっていても、つい、守れないことがあるものです。そして結局は『守っておけば良かった』と心から後悔することになり、ついには自らがその訓戒の継承者となるのです。  例えば『酒をチャンポンして呑んではいけない』とはよく聞かれる訓戒ですが、酒の席で気分が大きくなり、破られてしまいがちです。そして破戒の苦しみ(二日酔い)を知った人々により、実感のこもった訓戒の継承がされていくのです。  ところで、わたしの破戒の痕跡は、前歯にあります。 『ちゃんと歯を磨かないと、虫歯になる』と、大人たちに強く言われ、ホントかな、と疑った愚かなわたし(小学生)は、わざとぞんざいに歯磨きをするという、信じられない破戒行動に出たのです。当然のことながら、あっという間に虫歯になりました。更にその歯は前歯で永久歯だったために、その後の人生で多大な苦労を背負う羽目になったのです。  今ほど歯科の技術が向上していなかった30年以上も前のこと、当時の詰め物はしょっちゅうはずれ、治療を繰り返しながら高校生になった頃には、前歯の穴はとても大きくなっていました。  そして詰め物を治しに歯医者さんに行くたびに、新しい虫歯が見つかったり、前に治療したところをやり直したほうが良いと言われたりして、数カ月にわたって通院することになるのが常で、それは非常に面倒でした。重ねて、ドリルの音が不快だし、痛いし、痛かったら手を上げなさいと言うくせに、手を上げても痛いのをやめてくれない歯医者さんが、わたしは心の底から嫌いになりました。  とうとうどうにもならなくなった前歯が差し歯になったのは、二十歳になった頃のことでした。

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新井由木子【まだたべ】vol.044 島の雨の巻 | Delicious Web

雨の日、どんな思い出がありますか? “まだ食べたことのないもの”が気になって仕方がないイラストレーター・新井由木子さんが、食べるモノや関わるヒトと奮闘する日々を綴ります。  六月に帰郷すると、式根島には梅雨らしい雨がザアザアと降っていました。  降り注いだ雨は島のコンクリートの道に集まり、海まで流れていきます。それは、普段真水の得られない小さな島に、いきなり現れる川です。急な坂道ではそのまま急流に、透き通って冷たい雨水そのものの、きれいな浅い川。  子どもの頃にはこのできたての川にビーチサンダルのまま入り、笹の小舟を浮かべて海まで追いかけていくのが楽しみでした。場所によっては、流れの上に透明な青海波を双方向から重ね合わせたような模様ができているのに驚いたり、落ち葉溜まりがダムを作って小舟の行く手を阻むのがスリルだったりする、今思えば贅沢な遊びなのでした。  また、雨上がりにグンと大きくなる(気がする)カジイチゴも、梅雨の季節の楽しみでした。黄色く輝く粒の集まったカジイチゴの実は、雨に磨かれて光っています。枝が弾力を持って強く跳ね返り、侵入を拒むカジイチゴの藪に無理に分け入り、ホロリと崩れないようにイチゴを摘んで、そのまま口に入れると、瑞々しく甘い花の香りがして、小さな種が口の中に残るのをジャリジャリと噛むのも楽しいのでした。  もうひとつ、島の雨と一緒に思い出されるのは、あの辛子色の傘のこと。  辛子色という渋さでありながら子ども用だったその傘には、当時流行っていた子ども向けテレビ番組のレンジャーがたくさん描かれていました。テレビキャラクターもののグッズは、あまり子どもに与えない方針の新井家でしたが、その時、島の雑貨店にはそれしかなく、仕方なく買ってもらえたその傘がすごく嬉しかったのです。  待ちかねた雨は、少しだけ風を含んでいました。正面から柔らかく吹き付ける雨風をビニールの匂いも新しい傘にはらんで、島の中心にある小学校へと向かう気分は、遊びの途中のように最高でした。

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新井由木子【まだたべ】vol.043 算数の中の兄弟の巻 | Delicious Web

算数の問題、真剣に考えると、確かに謎に満ちた状況がたくさんありますね。“まだ食べたことのないもの”が気になって仕方がないイラストレーター・新井由木子さんが、食べるモノや関わるヒトと奮闘する日々を綴ります。  わたしは、算数が苦手な子どもでした。 「兄が時速◯kmで家を出発します。弟が◯分後に自転車で時速◯kmで後を追いかけます。弟が兄に追いつくのは何分後でしょうか」  こういう設問が好きではありませんでした。解いている間にも弟が兄を追い上げている気がして、落ち着いて取り組むことができないからです。そして追いついた暁には、兄弟に何が起きるのかも気になるのでした。  今、大人になって改めてこの設問に向き合ってみると、当時の幼い自分のモヤモヤがよく理解できます。  弟が兄を自転車で追いかけるというは、余程のことだと思うのです。もしかしたら弟は何かに怒り狂って兄を追っているのではないでしょうか。弟は兄に追いついたとたんに、兄の頰にビンタを食らわせるのかもしれません。問題の正解と、兄が頰を張られる破裂音が、頭の中で重なります。  また、こんな設問もありました。 「ショートケーキが2コありました。お母さんは四人兄弟に、ケーキを半分ずつ食べなさいと置き手紙をして出かけました。最初に長男が帰ってきて、言いつけどおりにケーキを食べました。次に次男が帰ってきて、やはり言いつけどおりにケーキを食べました。次に三男が帰ってきていいつけどおりに食べました。ところが最後に帰ってきた四男には、ショートケーキが1コの半分ではなく、1/4しか残っていませんでした。なぜでしょう」  答えは、簡単です。長男が2コの半分として、ショートケーキを1コ食べたのです。次に次男が1コの半分を食べ、三男が半分になったショートケーキを、更に半分にします。ショートケーキは、もはや立っていることはできないでしょう。断面を上にして、お皿の上に横たわり、四男が帰る頃には少し乾いています。  この状況、どう考えても長男は確信犯です。目の前のケーキの数と兄弟の数で、母の真意が伝わらないはずはありません。意味を歪曲して自分だけが多くケーキを食べたのです。  そして、次男はどうでしょう。兄が食べた後のケーキの皿を見れば、兄の悪行がわかったに違いありません。

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新井由木子【まだたべ】vol.042 ホヤの脅威の巻 | Delicious Web

ホヤの食べ方も「ほやほや学会」の存在も、初めて知りました。“まだ食べたことのないもの”が気になって仕方がないイラストレーター・新井由木子さんが、食べるモノや関わるヒトと奮闘する日々を綴ります。  この春、離島に暮らす母が白内障の手術のために上京し、そのまましばらく草加の我が家に滞在していました。  白内障の手術は日帰りでも済んでしまう昨今ですが、島には眼科がないので、術後に目にゴミでも入ると1日かけて本州まで来なければなりません。また、海が時化(しけ)たりして本州に来られなかったら、大変なことになりかねません。そんな万一のトラブルにそなえて万全を期すため、2泊3日の入院と、我が家に一カ月間の滞在をすることにしたのです。  片方の目の手術が終わった時点でお見舞いに行くと、母はもう入院友達を作っており、食事が豪華だとか、窓からの景色が良いとか、なんだか楽しそうです。  安心というか拍子抜けしたのもつかの間、退院時に迎えに行こうとすると、母からメールがありました。 「手術が終わったら、お母さん、急に老けちゃったの」  術後の様子に安心していただけに、心配の針がピンと跳ね上がります。  年齢を重ねると筋肉痛も数日遅れで発症するように、ダメージは遅れてくるのでは。やはり手術って疲れるものなのでは。必要ならもう少し入院したほうが良いのでは。  などなど考えながら病室のカーテンを開けると、そこにはいつもどおりの可愛い母がいました。むしろ目が黒く澄んで、今までよりも別嬪(べっぴん)さんなくらいです。 「ぜんぜん老けてないじゃん」 「いやいや、こんなにシワシワになっちゃって、大変よ」  お母さん、それは目が良く見えるようになったせいだよ。  その後は安静にしつつ、草加で街の暮らしを楽しむ母でした。父の衣服を買ったり、畑仕事に必要なものを探しに行ったり。目の安全のために、出かける時は専用のゴーグルをつけていきます。  術後数日間の禁酒が解かれると、好きな日本酒と共に、本州でしか食べられないものを楽しみます。海の幸に恵まれた島から来ているのに、母が食べたいのは、やはり海のものです。黒潮に囲まれた暖かい島の海では獲れない、白身の魚やウニやカニやカキ、そして母の顔が特に輝くのは、ホヤと向き合った時です。  ある夜、ペレカスブックの仕事を終わらせて帰ると、母が嬉しそうな声で台所から呼びました。

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新井由木子【まだたべ】vol.041 “3gの違い”のわかる女の巻 | Delicious Web

重さ1gの身近なものといえば、1円玉。ということは、1円玉3枚分の重さが感覚的にわかるってことですね。“まだ食べたことのないもの”が気になって仕方がないイラストレーター・新井由木子さんが、食べるモノや関わるヒトと奮闘する日々を綴ります。  わたしは昼間は書店ペレカスブックの店主ですが、朝早い時間はsoso cafe(ソソカフェ)というところで、おむすびを作っています(まだたべvol.010参照)。わたしが早朝に出勤してご飯を炊き、炊き上がった頃に社長とレイコさん、週末にはアヤノちゃんとイスズさんがやってきて、様々なおむすびを仕上げていきます。  soso cafeのおむすびは野菜のおむすびです。今はケールが旬なので『ひよこ豆とケールのおむすび』が人気です。ケールというと青汁の原料として苦いイメージがありますが、草加の農家chavi pelto(チャヴィペルト)のケールは火を通すと苦味がなくなり、滋味がたっぷり。千切りのケールを大きな鍋で炒めると、油にじんわりと馴染んで塩味が引き立ちます。最後に挽きたての完熟胡椒を振って、茹でたひよこ豆と一緒にむすびます。このレシピを考えたchavi peltoは天才だと思います。  ほぼ季節に関係なくある野菜のおむすびは『人参のおむすび』です。千切りにした人参を少量のゴマ油と種々の調味料で炒め(この炒め加減は重要です)、少量のお醤油で味を立てる。最後に乗せるひねりゴマが良いアクセントになっています。  他にも『梅大根のおむすび』『キャベツとベーコンのおむすび』『カリフローレのフリットのおむすび』などなど、旬の野菜で様々なおむすびを作っています。  面白いなと思うのは、採れたての野菜は日によって調子が違うということ。  同じように炒めても、たくさん水が出たり、甘みが立ったり立たなかったりします。季節の移り変わりと共に野菜の変化を感じられる、そんな(ほぼ)毎朝のおむすびの仕事は、とても楽しいのでした。  ご飯が炊き上がり、レイコさんが出勤してくると、とたんにsoso

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新井由木子【まだたべ】vol.040 飛び出す本心の巻 | Delicious Web

極限までお腹がすいたら、あなたならどうする? “まだ食べたことのないもの”が気になって仕方がないイラストレーター・新井由木子さんが、食べるモノや関わるヒトと奮闘する日々を綴ります。  とんでもない本心というのが、はっきりした言葉となって、口から飛び出すことがあるものです。  そして、たとえ理屈や人の道にかなっていなかったとしても、本心なだけに力強い響きがあり、相手を納得させてしまう力を持っているものです。  それは、わたしがまだうら若き娘の頃のこと。島で教員をしていた両親が揃って本州に転勤になり、両親とわたしと妹、それから犬のタロウとで、草加に暮らしていた時期のことです。  その頃の我が家の楽しみは週末のドライブでした。小さな島出身の一家にとって、どこまでも地続きの本州を走るのは、特別な楽しみだったのです。  その日のドライブのメンバーは、母とわたしと妹、それからタロウでした。わたしたちはコンビニエンスストアでおむすびとインスタントのお味噌汁を購入し、川沿いの小高い堤防上を、車で走っていました。母が運転をし、妹とタロウは後部座席。助手席のわたしは、熱湯を注いだお味噌汁カップをダッシュボードに置き、それがこぼれないように支えるという大役を遂行していました。  どこへ向かっていたドライブだったのか全く覚えていません。お昼ご飯を食べ損ねて夕暮れ時になり、わたしたちは腹ペコでした。カーナビも、検索できる携帯もない時代。名物を売るお店も、食堂も見つからず、ようやく見つけたのはコンビニエンスストア。その向こうには川沿いの堤防が見えました。  たとえ家の近所でも食べられるコンビニおむすびであっても、少しは小旅行気分を楽しむべく、川辺で食べられる場所を探そうと、わたしたちは車で堤防の上に出たのです。  ところがです。いくら走っても、車を止めておむすびを食べられそうな場所が見つからないのです。延々と続く細い堤防上の一本道は、引き返すことも、その場に駐車することもできません。  わたしたちの腹ペコ度合いは激しさを増し、すでに川辺で食べることなどどうでもよくなり、ひたすら目を皿のようにして、おむすびを食べられるポイントを探すのでした。  と、ふいに現れたのは、川と反対側の堤防下にある、小さな駐車場への小道でした。 「お母さん! あそこを降りよう!」 「よし!」

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新井由木子【まだたべ】vol.039 恐怖!! コンバーションの眠れなかった夜の巻 | Delicious Web

人々が体験した“怖い話”を集めるのも、ライフワークのひとつという新井さん。ではもしや今回の話も……? “まだ食べたことのないもの”が気になって仕方がないイラストレーター・新井由木子さんが、食べるモノや関わるヒトと奮闘する日々を綴ります。  わたしの営む書店ペレカスブックはカフェコンバーションの中にあります。  いつも自分のことをスゴイと言っている(まだたべvol.020参照)カフェコンバーションの店主(以下コンバーション)ですが、彼女は意外にも怖がりです。  ハエは素手で仕留めるくせに、バッタなどの類がダメ。脚がわさわさとしっかり生えているものが怖いらしいのです。いつだったか、お手洗いにどこからかバッタが迷い込み、大騒ぎになったことがあります。コンバーションが、わたしを呼び立てて始末しろと言うのですが、わたしは手を貸しませんでした。  すると、 「新井さんのくせにバッタを怖がるなんて生意気だ」  と言い出し、しまいには 「バッタを怖がるなんて新井さんのキャラクターに全然似合わない」  と、涙を流しながら怒るのです。  心外です。  わたしはバッタが怖くて手を貸さなかった訳ではありません。バッタなど素手でつかめます。ただ、普段パスタを400gも食べる元気な人が、小さな虫に怯えているのが面白かったので、それを楽しんでいただけなのです。  バッタ以外にも、年に数度、コンバーションが怯えているところを見ることがあります。  それは幽霊が出そうな雰囲気の時。脚がたくさん生えているものも怖ければ、足の無いものも怖いらしいのです。  ある時、店の拡張のため壁の漆喰を塗り直さなければならなくなったコンバーションが、閉店後帰ろうとしたわたしを、無理やり引き止めたことがありました。どうしても、夜に独りぼっちで店内にいるのが怖いらしいのです。その日わたしは歴史研究家の染谷 洌先生(まだたべvol.020参照)との、年に2回だけある文芸誌の打ち上げを、とても楽しみにしていたのですが、 「ええええーーっん。帰っちゃうのおーー」  と、鼻にかかった声を出し、いつまでもじっと見つめてくる彼女に押し切られ、打ち上げへの参加を諦めたのでした。それは本当に、絵に描いたような泣き落としでした。

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新井由木子【まだたべ】vol.038 残像で隠すの巻 | Delicious Web

人は色々な姿をさらすもの。その実体は、変幻自在なやまとなでしこ、かもしれません。“まだ食べたことのないもの”が気になって仕方がないイラストレーター・新井由木子さんが、食べるモノや関わるヒトと奮闘する日々を綴ります。 「恥の文化を、大切にせねばイカン!」  お風呂に浸かりながら、その時わたしは、強く思ったのでした。  一年中ビーチサンダル履きで、楽な服装ばかりしている暖かい離島出身のせいか、基本的にわたしはあまり服を着ているのが好きではありません。  家に帰れば衣服をかなぐり捨てるように脱ぎ、身体をゆったりと覆うワンピースに着替えるのが常。ブラはもちろんパンツすらもつけたくありません。まるで、寝る時に身にまとうのはシャネルの5番だけだったというマリリン・モンローのようですが、見た目が違います。ジャバ・ザ・ハットをかわいくした感じ、と思ってください。  そんな姿で寝転がっていると、気がつけばお尻が丸出しになっていることがあります。そういう時は恥ずかしいというよりも、誰かが見たら気の毒だなと思います。わたしがこのまま心臓発作で逝ったとしたら、救急隊の人は驚くだろうと考えるのですが、下着をつける煩わしさを考えるとつい楽なほうを優先し、お尻を出しています。  お風呂上がりには身体を自然冷却するために、しばらくマッパで過ごします。ある日マッパで洗面所に立ち、歯磨きをしていると、洗面所のドアが開けっぱなしだったために、全てが玄関から丸見えになっていたことがありました。  帰宅して鍵を開けた娘が、ただいまと言うより先に 「玄関開けたらマッパかよ!」  と叫んだので、そこから笑いになるかと思ったのですが、娘の顔は全然笑っていませんでした。  お風呂の中は考えごとの時間、自分を振り返る時間です。  ふと思い出したのは、娘の笑っていなかった、あの顔。家の中が女と猫だけで構成されているからといって、お尻を丸出しにしても平気な日常。こんなことで、良いのだろうか……。  そんなことをぼんやりと考えていて、わたしは思い至ったのです。 「恥の文化を、大切にせねばイカン!」

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新井由木子【まだたべ】vol.037 ハンモックリフレのフトシ氏の嫁の巻 | Delicious Web

“男前”のお嫁さんは、きっと美人に違いありません。果たして、その正体は? “まだ食べたことのないもの”が気になって仕方がないイラストレーター・新井由木子さんが、食べるモノや関わるヒトと奮闘する日々を綴ります。  先日皆さまに読んでいただいた『ハンモックリフレ』のフトシ氏について(まだたべvol.035参照)、そんなにイケメンなら一度見てみたいという声があちこちで上がっています。がっかりさせてしまうと申し訳ないので、先に申し上げておきますと、フトシ氏は既婚で、鬼嫁と、可愛い娘がおります。  鬼嫁などと言っていいのかと心配される向きもあるかと思われます。でもハンモックリフレ(嫁)本人が自分のことを、そう言っているのです。トゲの飛び出た金棒でフトシ氏を打ちのめしたり、フトシ氏を庭の八重桜に吊るして鞭で打った後に傷口に粗塩を塗りこんだり、フトシ氏を酢飯で巻いて頭から丸かじりしているところを見たことがないので、本当に鬼嫁なのかは、わかりません。いずれ目撃した際には、こちらでご紹介いたします。  鬼嫁が妻の立場ではない時には、図式的には『嫁』だけ取れて鬼になるのかもしれませんが、わたしはハンモックリフレ(嫁)を鬼と感じたことは一度もありません。おしゃれでかわいくて、頑張り屋さんで、一緒にいて心地良い人です(本当は鬼なので怖くて言っている訳ではありません)。  まあ、ちょっと褒めると(褒めたつもりではない場合でも)、すごく調子に乗るところはあります。 「ハンモックリフレ(嫁)は、女らしいと思うよ」 「だよね! わたしボン、キュッ、ボンだもんね!」 「う、うん……(そういう意味じゃないんだけどな)」  とか。 「グループ分けはジャンケンで決めよう」 「えっ! みんなでわたしを取り合いになっちゃうってこと? キャッ」 「う、うん……(そういう意味じゃないんだけどな)」  とか。  あと、ショックを受けたときに、最初から最後までキッチリと早口で復唱するのも特徴です。 「今日ウチの娘、就活面接だったけど、行きたくないところだったらしくて、キャンセルして寝てる」 「えっ! 面接だったけど、行きたくないところだから、キャンセルして、寝てる!?」  とか。 「洗濯物が乾かなくてパンツが無いから、今日スパッツの下、何もはいてないんだー」

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新井由木子【まだたべ】vol.036 映画会の猫の巻 | Delicious Web

いつだってかまってほしい。だって家族だもん。“まだ食べたことのないもの”が気になって仕方がないイラストレーター・新井由木子さんが、食べるモノや関わるヒトと奮闘する日々を綴ります。  楽しい時は瞬く間に過ぎ、苦痛の時間は瀕死のカタツムリのごとくノロノロジワジワと進む。誰にでも経験のあることですね。しかし、もっと強烈に感動したり呼吸も止まるほどに驚いたりする場面では、時間は止まったかのように、その一瞬ずつを切り取り、連続する精緻な絵のようにコマ送りで、その事実をありありとわたしたちに見せてくれるものです。  さて、娘と猫2匹とわたしという、全員かわいいメンバーで構成された我が家のつつましい楽しみは、居間に集まって映画を観ることです。月に一度あるか無いかの映画会。食卓を移動したり、お菓子やお酒を並べたりと映画会の準備をしていると、猫たちもイソイソと集まってきます。そして映画の間中、空いている手で撫でろとか猫用のおもちゃを振り回せとか主張しながら、一緒の時間を楽しみます。  と、ほっこりとしたようなことを書きましたが、そこで選ばれる映画はいつも、ホラーに激しく偏っています。  黒目の無い女の人が物陰から覗いたり、スライムのまとわりついたギザギザの歯でかじられたり、束の間安堵する主人公の背後には必ず血まみれの刃物を持った殺人鬼がいる。現実にあったら卒倒ものの恐怖(というか、死)なのに、何故かやめられないホラー映画。  もしかしたら脳の中の恐ろしさを感じる部分と快楽を感じる部分は隣り合っているのではないでしょうか。恐怖の震えが隣りの快楽部分も同時に刺激し、変な気持ち良さを醸し出すのかもしれません。  また、猫というものはホラー映画観賞にはとても役に立つもので、これ以上怖くなったらチビってしまいそうな時は胸に抱けば心強いですし、布団に連れていけば恐怖の余韻もやわらぎます。  さて、その日わたしたちの選んだのは『パンズ・ラビリンス』というダークファンタジーでした。ここから先は少しだけネタバレな部分があります。素晴らしい作品ゆえ、まだ観たことのない方は急いでご覧になってから先を読まれることをおすすめします。

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新井由木子【まだたべ】vol.035 紙一重の人とハンモックリフレの巻 | Delicious Web

イケメンとイケメンの間にあるものって何だろう。“まだ食べたことのないもの”が気になって仕方がないイラストレーター・新井由木子さんが、食べるモノや関わるヒトと奮闘する日々を綴ります。 『ハンモックリフレ』のフトシ氏は、一見すっきりとした男前です。  ある日のこと、居間で娘とくつろいでいたときに、俳優の生田斗真さんがテレビに映りました。 「生田斗真とお笑いの徳井義実って紙一重だと思わない?」  突然娘が言います。そこに常々思っていたことを付け足して答えます。 「わかる! そこにハンモックリフレのフトシ氏も入ってると思わない?」 「わかる!」  うなずく娘。  しかしそこから、生田斗真さんと徳井義実さんの間に挟まっているのは一重の紙だとしても、その2人とハンモックリフレのフトシ氏との間に挟まっているのは、紙ではないかもしれないという話になりました。  もう少し厚めの何か? 関西出身のフトシ氏だと思うと『おたべ』なんか合うかもしれない。いやいや、そういうことでなく、同じ男前でも生田斗真さんと徳井義実さんにあって、フトシ氏に無いもの。あるいはフトシ氏だけにあるのは、何だろう。  わたしと娘は少しだけ悩んだ後、その問題はさして重要ではないと思い至り、考えるのをやめました。  先日、珍しく都内での打ち合わせがあり、草加の駅で電車を待っていると、「おーい!」という明るい声と共に、ハンモックリフレのフトシ氏がホームに現れました。偶然ですが、お互いの用事が同じ時間で同じ方向だったらしいのです。屈託なく笑いながら、わたしの真横まで来たフトシ氏。電車に乗り込み、座れる程には空いていなかったので、つり革につかまり、並んで立ちます。  ところで、フトシ氏は生まれながらか、または幼少時に大変な高熱を出したためか、はっきりとはわからないらしいのですが、感音性難聴で補聴器をつけています。そのこともあるのか、話をする時にすごく近くまで来て、じいっと相手の目を見て会話をします。その目は黒目と白目の境目がはっきりしていて、とてもきれいで、やっぱり整っているなと思ったけれど、なぜか全然ドキドキしませんでした。  その時、生田斗真さんと徳井義実さんにあって、フトシ氏に無いものがわかりました。それは『色気』です。

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新井由木子【まだたべ】vol.034 ひがむパワーの巻 | Delicious Web

私も自分の顔が直視できない時があります。“まだ食べたことのないもの”が気になって仕方がないイラストレーター・新井由木子さんが、食べるモノや関わるヒトと奮闘する日々を綴ります。  わたしはよく「すごい形相をしている」と、人から指摘をされます。  面と向かって「今、顔がすごく怖い」と言われる時もありますし、単に「顔!」と注意されることも。「怒った顔で自転車に乗っている新井さんを見た」と、わざわざ報告をいただくこともあります。  どうも心の中が、そのまま顔に出ているようです。 「すごく楽しそうな新井さんを見た」と言われたことは一度もないので、心の中はいつも嫌なことだらけなのでしょう。それについては、だいぶ自覚があります。  そして、多々あるわたしの機嫌の悪さの中で、ひがみの感情というものが、いつも少なくない比率を占めているのです。  泉の水を飲みたいという老婆に、長女は知らん顔をし、次女は柄杓(ひしゃく)が無いから飲ませられないといい、末娘は両手ですくって飲ませてあげる。老婆は実は魔法使いで、優しい末娘には必ず良いことがあり、意地悪な姉娘たちはひどい目に遭うというのは、民間伝承物語の定番ですね。  そこから得る教訓は多くの人にとって、『人に優しくしましょう』とか『人を見た目で判断しない』だと思われます。しかし、ひがみの心で見ると、また別の側面も見えてくるのです。それは『世の中には、醜いものに冷たい人と、誰にでも平等な人がいる』ということです。  それは、とある児童文学関連の勉強会の、打ち上げの席でのことでした。  わたしの隣には児童書の編集者さん(子どもが書いた詩の本などを作られているらしい)が着席されていました。編集者さんは手に取ったワイングラスを照明にかざし、ためつすがめつ見ていましたが、小さな傷が気になったようで店員さんを呼び、交換するよう言っておられました。そこは安価が売りの賑やかな店だったので、わたしはちょっと、お店が気の毒だなあと思いました。

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新井由木子【まだたべ】vol.033 素早いペットボトルの巻 | Delicious Web

ものすごく転がったんですね、きっと。“まだ食べたことのないもの”が気になって仕方がないイラストレーター・新井由木子さんが、食べるモノや関わるヒトと奮闘する日々を綴ります。  坂道ばかりの島で、母に見守られながら、わたしは転がるペットボトルを追いかけていました。  一つの山を中心に据え頂のツンと尖った、その小さな島の名は利島(としま)。わたしの故郷式根島と本州の間にあります。  式根島に帰るべく東京湾から乗る船は、利島付近に来ると、強い潮流によって、いつでも必ず強く揺れます。少しでも風が吹けば更に大きく揺れ、やがて『利島は海上の状態が悪いため欠航いたします』のアナウンスが流れることも多数。手すりにつかまらねば転がってしまいそうな揺れの中、無理をして甲板に出ると、緑色のキスチョコにも似た利島が、後ろに遠ざかっていくのが見えるのでした。  なかなか着岸できないと思うからか、何百回と目にしているのに立ち寄ったことがないのがもどかしいのか、利島行きはいつしかわたしの念願となっていました。そしてとうとう、昨年のお正月、式根島から帰る日程を繰り上げて利島に寄る宣言をすると 「お母さんも行ってみたーい!」  すぐに母が手を上げました。母と2人だけで旅をするのも、初めてのことです。  その日は幸いベタ凪でした。無事に利島港に降り立つと島の最高峰である宮塚山が目前にそびえており、「来たねえ!」と旅行気分で母と顔を見合わせます。  早速民宿からお借りした軽トラでドライブに出かける母娘。わたしは運転免許を持っていないので、運転は母の役目です。  車窓から見える視界はどこまでも椿の森です。利島全体が椿に覆われているのは、実から採れる上質の椿油を利島の重要な産業としているため。大切に手入れされた森は陽の光が十分に差し込んで明るく、椿の白い幹が光ります。落ち葉一つなく掃き清められ、清潔で軟らかい焦げ茶色の土と苔の緑で塗り分けられた地面は、島が尖っているためにどこも斜面になっており、それが視線の届く限り続いているのです。  さて、ツンと尖った利島は坂道ばかりですが、島の中心にそびえる宮塚山に向かう道はますますの傾斜で、セスナ機が飛び立つような角度で車は進みます。

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新井由木子【まだたべ】vol.032 呑むものいろいろの巻 | www.deliciousweb.jp

自分も人も、お酒を呑んだら忘れたい記憶だけが無くなるといいのにね。“まだ食べたことのないもの”が気になって仕方がないイラストレーター・新井由木子さんが、食べるモノや関わるヒトと奮闘する日々を綴ります。 「酒なんか吞むものではない。あれは浴びるものだ」  これは、我が家を直してくれた茨城県・牛久の宮大工さんのお言葉で、わたしが人生で出合ってきた数々の名言の中で、かなりの上位に入るものです。  わたしは大酒吞みです。そして一番好きな呑み方は、家で猫を相手に盃を傾けるひとり酒です。  今は早朝のおむすびばあさん(まだたべvol.010参照)の仕事があったり、昼間店番しながらではできない絵や文章の制作を夜に持ち込んだりしているので、呑めるのはせいぜい週に1、2度。普段はなかなか家で座ってくつろいでいることもありません。  なので、呑み始めると猫も嬉しいのか、膝に乗ったり、どんな酒を呑んでいるのか確かめるために口元の匂いを嗅ぎにきたりしていますが、しばらくするといつの間にか2匹とも姿を消してしまいます。それは酔うにつれ、だんだんわたしがしつこくなるからだと思います。両手で猫の顔を挟み込んで、どんなにかわいいと思っているか説明したり、猫の体の各所を嗅いだり、てぬぐいをマフラーのように猫に巻いて似合う似合うと騒いだりするにつれ、だんだんウンザリとした表情になり、ふと、いなくなってしまうのです。  今でこそ、このようにひとり呑みが好きなわたしですが、若い頃はやはり、人とワイワイ呑むのが好きでした。そしていつでも、呑むと記憶が無くなるのが常でした。翌日になると、一緒に呑んだ人に何か失礼をしていないかと、かなりヒヤヒヤします。その人が挨拶をしてくれるとホッとする。再び呑みに誘われると嫌われていなかったと安心し、はしゃいで呑んで記憶を無くすという過程を繰り返していたのです。  自分で覚えていなかったとしても、呑んでわたしが何をしたかは、確実に人の記憶には残っていきます。

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新井由木子【まだたべ】vol.031 キヨシと地図を作るの巻 | www.deliciousweb.jp

“楽しい古地図を作る”ことは、楽しいけれど、楽ではない? “まだ食べたことのないもの”が気になって仕方がないイラストレーター・新井由木子さんが、食べるモノや関わるヒトと奮闘する日々を綴ります。  2019年の1月は、ひたすら古地図を描いておりました。  描いたのは、わたしの書店ペレカスブックのある草加宿場町通りの大正時代の姿。全長約1.4キロの宿場町通りにあったのは、わたしの数えたところによると、商店168、飲食店21、農家4、せんべい店4、医院4、旅館2、銭湯3、豆腐屋2、職人さんの住居38。それから郵便局、銀行、警察、役場、お寺2、神社2、裁判所。道に面して小さな店先がずらりと並ぶ、華やかな宿場町通りだったのでした。  そしてこの地図は、2月から草加中央図書館での展示が決まっていました。1.4キロの道の両側に立ち並ぶ合計255の建築物を、展示スペースの長さ4mに縮めて描くのです。  この古地図の監修は、草加在住で『埼東文学』という文芸誌を主宰する歴史研究家・染谷洌氏。先日はNHKで平将門研究の第一人者と紹介された、わたしの尊敬するかっこいいおじい様。草加の時代背景、草加独自の地理からなる歴史の特徴などを、繰り返し、市民に教え続けてくださっているのです。  その染谷先生が「間に合うのか?」とお尋ねになる度「楽勝です」と答えるわたし。下描きしてみた速さからすると、だいたい8日で家並みが描きあがると計算していたからです。その後は人物なども描き込む予定でした。  毎日お店を閉めた後に、4mの紙を引っ張り出して描きまくる。鉛筆がみるみる短くなる。しかし、意外に時間を取られたのが大きな紙の扱いでした。全部広げては描けないので、机に載る分だけ広げ、描いては畳む。道の反対側を描くために戻って開いて描き、また畳む。  また、描いている途中に気がつく調べ物も多いのです。民家の玄関は? 洋食店の看板に何と描く? ガラス窓のデザインは?  結構時間がかかると気がつきはじめた搬入2週間前、地図を覗き込んできたのは、最近関西から草加に引っ越してきたキヨシ(kiyoc)という絵描きの女の子。 「手伝いましょか?」と、かわいいことを言ってくれたのでした。そこで人物と風俗を担当していただくことに。

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新井由木子【まだたべ】vol.030 恐怖! 語りかけるモノの巻 | www.deliciousweb.jp

モノにもモノなりの事情があり、時には声を大にして主張したくなることだってある。“まだ食べたことのないもの”が気になって仕方がないイラストレーター・新井由木子さんが、食べるモノや関わるヒトと奮闘する日々を綴ります。  人でないものが語りかけるということが、世の中には、ほんとうにあるものです。  猫が話すというレベルではなく(まだたべvol.026参照)、生命を持たない無機質なものが語りかけてくる。  例えば器物に魂が宿ることを、日本人は古来から『つくもがみ』などとして信じてまいりましたから、決して突飛なことを言っているわけではありません。お気に入りの人形や身につけるアクセサリーなどに対して、まるで生き物に対するような愛着がわき、それが語りかけてくるような気がしたことは、誰にでもあるのではないでしょうか。  しかし我が家で起こったのは「気がする」の範疇を超えた、実際に目に見える形での「語りかけ」。  そんな驚くべき出来事が我が家に起こったのは、喋(しゃべ)る家電などというものが、まだSFの中の出来事として語られていた、20年以上も前のことでした。  わたしが現在住んでいる家は、草加せんべいで有名な埼玉県の草加市にあります。地域の開発に取り残され、大きなマンションに囲まれて、まるで谷間のような場所にある、年季の入った一軒家。ボロで古くとも広さだけはあり、2階の一部屋を、贅沢にも洗濯物を干すためだけに使っています。その部屋がそんな事件の舞台になるとは、代々住み続けた祖父母から私に至るまでの、誰が予想し得たでしょう。  その部屋は南向きで、一面が全て小さなベランダに続くガラス戸になっています。とはいえ、近隣にそびえ立つマンションの陰になっているので一日中薄暗く、洗濯物はパリッと乾くことがありません。そこで購入したのは、当時としては小ぶりの除湿機でした。  段ボール箱から取り出してみると、ランドセルを縦に2つ重ねたくらいの大きさのそれは、全体がグレーで、正面から見ると下半分が透明なプラスチックになっていました。説明書を読むまでもなく、各部のパーツを調べるまでもない単純な作り。コンセントに繋ぎスイッチを入れると、早速ゴウゴウと音を立てて部屋の空気を吸い込んでは背面から出し、その循環中になんらかの方法で水分を分離して、透明部分に溜めていくようでした。

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新井由木子【まだたべ】vol.029 我が家の大声ダイヤモンドの巻 | www.deliciousweb.jp

切り取っておきたい、我が家の日常。今日も家族の歴史は作られていきます。“まだ食べたことのないもの”が気になって仕方がないイラストレーター・新井由木子さんが、食べるモノや関わるヒトと奮闘する日々を綴ります。 わたし「なんで女は痛風にならないのかねえ!」 父「なるらしいよ、女も。閉経すると」 母「えっ? なになに? 女も痛風になるの?」  老父と老母の間にわたしが挟まってちゃぶ台を囲み、3人で食後のお茶をすすっていた時のこと。  わたしのセリフに『!』マークがついているのは、加齢によりだいぶ耳が遠くなった父と、少しだけ遠くなった母に聞こえるように、大きな声で話しているからです。  父の発した「閉経」という言葉がよく聞き取れなかったらしい母に内容を伝えるのは、この場でただ1人、全体の話の流れをつかめるわたしの役目です。 「ヘイケイ!」の後に「ビー! フォーティー、エイト!」と、母のほうを向いて大声で叫んだのは、少しでもその場を面白くするべく瞬時に考えた、わたしなりのサービスです(AKB48さんにかけています)。 「ヘイケイ!」が伝わった時点で合点が行き、少し頷いた母の顔が「ビー! フォーティー、エイト!」の部分で衝撃を受けたようにゆがみます。 「ヘイケイ! ビー! フォーティー、エイト!」  母は、同じくらいの声量で驚いたように繰り返し、天井を仰いで笑いました。  大音量でも声の方向が違うと聞き取りにくいようで、今度は父がキョトンとしています。 「あのね、ヘイケイ、ビー、フォーティー、エイト!」  わたしが再度叫ぶと父は静かに空気を漏らして笑い、 「ヘイケイ物語」  と、切り返してきました。丁度母が『平家物語』にハマって読んでいる最中なので、旬なギャグです。 「えっ? なになに?」  再び身を乗り出す母に 「あのね、ヘイケイ物語!」  と、身を寄せて叫びます。 「ヘイケイ物語!」  母も叫んで、ツボに入ったのか苦しげにお腹を押さえて笑います。なので今度は父に向かって 「あのね、面白いってよ!!」  と、つい、見てわかることまで大声で通訳してしまうのでした。  耳が遠くなるなんて、いい事なんか一つもないと思っていたけれど、この時はこんなちょっとしたギャグで3人が10分以上は笑っていられたので、かなりのお得感を感じました。

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新井由木子【まだたべ】vol.028 路上にて(かなしみのマグロ)の巻 | www.deliciousweb.jp

しくじったと自分で認めることで、きっと人は成長するんですね。“まだ食べたことのないもの”が気になって仕方がないイラストレーター・新井由木子さんが、食べるモノや関わるヒトと奮闘する日々を綴ります。  路上にて。人々はいつもどこかへ向かう途中です。夢が達成される目的地こそが楽園だと思っていたけれど、実はそこへ至るまでの険しい山道や、凍えるアイスバーン、灼熱の獣道こそがかけがえのないものだったり。時には目的地が蜃気楼のように消え失せ、道の上に呆然と立ち尽くしたり。路上にはいつもドラマがあり、人々の汗と涙とおかしみが、足跡として残されているのです。  わたしの一番古い路上での思い出は、式根島に暮らしていた幼い頃のこと。  島の教員住宅に暮らす新井一家は、何かと隣のおばさんのお世話になっていました(まだたべvol.018参照)。  働く母に代わり、赤ちゃん時代は日中ずっと面倒を見てもらい、おばさんにトイレトレーニングをしてもらったのも覚えています。それから保育園・小学校時代と、例のテニスコート付きの家(まだたべvol.013参照)に引っ越すまで、放課後はいつもおばさんの家で過ごしていました。  隣といっても人口の少ない島のことですから、住宅から小さな丘を迂回して続く、細く白い一本道を10mほど行った先に、おばさんの家はありました。道が白いのは、式根島特有のガラス質の浜の砂が風で巻き上げられるのか、道の上一面に自然と敷き詰められているからです。  そして何か美味しいおかずができると、母は必ずおばさんの家に持っていくようにと、わたしか妹をおつかいに出すのでした。  その日、晩御飯におばさんの家に届けるように言付かったのは、マグロのお刺身でした。  式根島の夜は、外に出れば街灯など人工の光のない暗闇でしたが、月の光が白い砂の道をぼんやり浮き上がらせており、懐中電灯などなくても、いつも難なくおばさんの家まで走っていき、帰ってこられるのでした。  当時のわたしは、人は頑張れば飛べるのではないかとなぜか思っていたので、常に力一杯の跳躍で長いスキップのような走り方をしていました。普段でも充分楽しい跳躍でしたが、夜のおつかいとなると、なんだかスリリングで余計に心も躍ります。暗くて足元がよく見えないことなどおかまいなく、その日も胸にしっかりと皿を抱いて跳躍を続けるのでした。

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新井由木子【まだたべ】vol.027 旅するパッドの巻 | www.deliciousweb.jp

私も流れ星に祈ればよかった。“まだ食べたことのないもの”が気になって仕方がないイラストレーター・新井由木子さんが、食べるモノや関わるヒトと奮闘する日々を綴ります。  soso cafeでおむすびばあさん(まだたべvol.010参照)を始めてから半年目のある日、わたしは初めての遅刻をしました。  布団の中でふと気がついた時には、もうsoso cafeにいなければならない時間だったのです。  しかしわたしは、それからきっちり15分後にsoso cafeにいました。いつもなら起床から到着まで、かかる時間は20分。5分を節約するためにわたしが省いたのは、ブラジャーの装着でした。  思春期を迎える頃、わたしはクラスの誰よりも発育が遅く、ブラデビューがなかなかできませんでした。当時は今より繊細な心を持っていましたから、思い悩み、胸が大きくなるよう、夜ごと流れ星に祈ったものでした。  当時暮らしていた離島の夜空は澄んで美しく、祈りを捧げていると、さほど待たずとも必ず流れ星が見られるのです。  寝室の障子を開けると、窓ガラスの向こうは真っ暗というより真っ黒な影になっている椿の原生林。その上には濃紺の夜空にグラニュー糖をまき散らしたような天の川がありました。  手を組み合わせて見上げていると、5分も待たずにすうっと一筋の線を引いて流れる星。消えるまでに心の中で叫ぶように願い事を唱えます。 「峰不二子ちゃんのようになれますように!」  毎晩3個の星が流れるまで待って、みっちり3回祈ってから眠っていたのでした。  そのような環境で捧げる祈りは流石に叶うもので、中学入学の時はあんなになかった胸も、卒業の頃には、それはそれは立派に育ったのでした。  今振り返ると大きな胸になって良かったことといえば、授乳の時に自在に方向が変えられ楽だったことがあり、悪かったことといえば重たいので非常に肩が凝ったことなどがありますが、とにもかくにもわたしはマイボインと一緒に仲良く人生を歩んで参りました。  しかし、歳月はボインの上にも確実に流れ、ある日気がつくとあれほど張り詰めてパンパンだったボインは、まるでビニール袋に水を入れたような感触の、重たく垂れ下がった様相に変わりました(もうボインとは呼べないので『胸』に表記を戻します)。

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新井由木子【まだたべ】vol.026 口をきく猫の巻 | www.deliciousweb.jp

家族を思う気持ちは皆同じ。“まだ食べたことのないもの”が気になって仕方がないイラストレーター・新井由木子さんが、食べるモノや関わるヒトと奮闘する日々を綴ります。  猫が「ママ」と言えるようになりました。  わたしの家に住む2匹の猫の、若いほうの雌猫ナノの話です。最初は「ニャニャッ!」と、口角を鋭く上げて細かく鳴くだけでした。それが最近、口の中の空気を舌で丸く包むようにして、柔らかな「マ」を発音するようになったのです。いつでも短く2度続けて鳴く度に「ママ、って言ってるのね、偉いねえ」と褒めているつもりが、発音のお手本を示していたのかもしれません。  ナノは雉(きじ)猫ですが、全体にグレーが強くかかっていて縞がはっきりしない地味な色合い。灰色で丸々と太っていて手足も短いことから里芋とあだ名されるナノが、真面目な顔をして「ママ」と言うのは可愛いけれど、どこか妖怪じみてもいます。 「ウチの猫は口をきく」という話はよく聞きますが、だいたいが飼い主にだけ聞こえる言葉で、思い込みでしょうと笑われることが多いものですね。猫が口をきくはずがないという通念が、世の中にはあるようです。  でもわたしは、どうも猫は口をきこうとしているな、と感じるのです。口をきこうとしているけれど、構造上、上手に発音できないだけなのではと思うのです。というのは、ウチで猫が口をきいたのは、ナノが初めてではないからです。  それは、猫のサキイカバズーカ(まだたべvol.012参照)で紹介した猫、テンテンの話です。  娘が小学校高学年になる頃まで、テンテンはいつも大きな声で 「ぱいーん! ぱいーん!」  と鳴いていました。  それは可愛らしくも騒がしい、変な鳴き方でした。ある時わたしは娘と2人、居間でくつろぎながらテンテンの鳴き方のマネをして遊んでいました。 「ぱいーん!って鳴くよね」 「ね。ぱいーん! ぱいーん!…あれ、どこかで聞いたことあるな」 「ぱいーん? ぱいーーん…。ねえ、これって、もしかして」 「まさか!」 「でも、そっくりだよね」 「ていうか、同じだよね!」  我が家は築70年は経過しているボロ家ですが、一応二階建てです。そしてその頃は、二階の寝室(というか寝場所)で眠る、寝起きの悪い娘を起こすのに、階下からわたしが名前を大声で呼ぶのが、毎朝の恒例になっていました。 「○◯ー◯!」

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新井由木子【まだたべ】vol.025 嘘の家系の巻 | www.deliciousweb.jp

楽しい嘘ってクセになるんでしょうか。“まだ食べたことのないもの”が気になって仕方がないイラストレーター・新井由木子さんが、食べるモノや関わるヒトと奮闘する日々を綴ります。  わたしの父は嘘の名人でした。特にわたしが幼い頃には、わたしたちを面白がらせるためか、しょっちゅう嘘をついていました。  あまりに硬いう○こをしたら自分のほうが持ち上がったとか、がんばれば耳からも息はできるとか。聞いた時は瞬間的に「嘘だ!」と思うのですが、大人の言うことだし、真面目な顔をして言っているし、もしかしたら本当かもしれないという疑いが、子どもにはぬぐいきれないものなのです。  自分が持ち上がった話などは試しようがないですし、試してみたいとも思わないのですが、耳から息ができるというのは気になりました。当時小学生だったわたしですが、検証しようと随分がんばった覚えがあります。実は今でも少し、もしかしたらできるかもしれないなどと思っています。耳抜きの要領で鼻をつまんで顔に圧力をかけると、耳がプンと膨らみますものね。耳まで空気が通っているのは確実です。くしゃみをしたら耳から空気が出たとか、溺れたけど耳が出ていたので助かった、などの経験がある方がいらっしゃったら、ご一報ください。  そんな父は小学校の教師、しかも理科の先生でした。「糸を水に浸けておくとミミズになる」と言う父の言葉を信じた生徒のお母さんから「ウチの子が洗面器に浸けた糸を毎日毎日見ていて可哀想だ」と、言われたこともありました。  しかしそんな父の嘘が、わたしは好きでした。嘘は奇想天外だったりスリルがあったりして、物語の中に入ってしまったような楽しさがありました。  そしてわたしも、幼い娘を楽しませるべく、けっこう嘘をついたものです。  まず、母であるわたしは念力が使えるという嘘。散歩の途中で信号がある度にやってみせるその技は、信号を青に変える念力です。横目で別方向の信号の点滅を確認しながら声を出すので、いつでも信号はわたしの掛け声ぴったりに青に変わります。まだ3歳にならない小さな娘は尊敬と憧れのまなざしで、わたしを見上げていました。  けれどこのように素直に信じるときもあれば、一工夫が必要な時もあります。

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新井由木子【まだたべ】vol.024 タイムマシーンの巻 | www.deliciousweb.jp

真冬の早朝、人知れず戦う人の胸のうち。“まだ食べたことのないもの”が気になって仕方がないイラストレーター・新井由木子さんが、食べるモノや関わるヒトと奮闘する日々を綴ります。  わたしがおむすびとおみそしるを作りに行っているsoso cafeは、オープンしてから初めての冬を迎えています。  朝焼けの中、自転車を走らせていた出勤も、冬の間は同じ時間でもあたりは真っ暗。朝ではなくて確実に夜の様相です。  そんなほぼ人気のない真っ暗な街道の二つの地点で、毎朝必ず同じ人物と交差します。1人目は杖をついているのに、すごいスピードで移動するおじいさん。2人目はわたしと同じように、暗闇にライトを光らせながら自転車を飛ばすパーマヘアのおばさんです。  早朝の出勤には、寸分の狂いもない時間配分が必要です。目覚ましが鳴り布団の中でモゾモゾする時間は0分。飛び起きて2分後には顔を洗っています。水道水が温まるまでは待てないので、もちろん冷水です。そして寒いと感じる自分に気がつかないふりをして寝間着を脱ぎ捨て、冷えた下着と衣服を装着。そのまま足早に物干場へ行き、前日に洗濯した割烹着を取り込んで、カバンに詰める。すると、出発2分前のアラームが鳴るので、1分間だけソファでボーっとしてから靴を履き始め、定時のアラームが鳴ると同時に出発。この間わずか15分です。  きっと毎朝すれ違うお二人も、布団から玄関まで分刻みの行動をしているのでしょう。まるで時計の長針と短針が常に同じ場所でクロスするような、正確な毎朝のすれ違い。彼らのシルエットしか見えませんが、親近感の湧く一瞬です。  soso cafeに着くと店内はすっかり冷え切っていて、まるで冷蔵庫のよう。朝一番に始めるのは、なにを置いても炊き上がりまで時間のかかる玄米の準備。次にお出汁の世話をしながら白米を研いでガス釜にセットし、おみそしるの具を作ります。  ご飯が炊きあがる頃にパート仲間のレイコちゃんが来て、ホカホカのまん丸いおむすびを次々と作ります。日本橋の佃煮屋さんから取り寄せた甘い昆布味、梅干し屋さんの梅と鹿児島県・枕崎の鰹節を混ぜて寝かせ、まろやかな味を出した梅味、手作りの甘いおかか味などの定番のほか、季節の野菜のおむすびがあります。

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新井由木子【まだたべ】vol.023 猫からの電話かもしれないの巻 | www.deliciousweb.jp

同じような経験をした方、いらっしゃいますか? “まだ食べたことのないもの”が気になって仕方がないイラストレーター・新井由木子さんが、食べるモノや関わるヒトと奮闘する日々を綴ります。  もうすぐ節分ですね。  節分のすぐ後には、わたしの誕生日がやってきます。  小さな頃は嬉しさと恐怖の入り混じった誕生日(まだたべ0019参照)は特別な日でしたが、近年、年齢のせいかめっきり自分の誕生日に興味がなくなりました。ふと考えても自分の歳がすぐにわからないくらいです。先日ちゃんと数えてみたら、もう半世紀生きていて驚きました。  節分には年齢の数だけ豆を食べますね。  まだ年齢が一けたの頃は、あと数日節分が遅かったらもう1コ食べられたのになあ、なんて思ってましたが、今はもう食べきれない数です。あと10年20年経ったら、もっと大変です。  成長の早い麻の若木を毎日飛び越えていると、やがて大木も飛び越せるようになるというのは、どこかで聞いた忍者の修行の話です。節分の風習はそれと同じように、年齢を増すごとに固い炒り豆をたくさん食べても大丈夫なくらい、元気な年寄りになるべく、編み出されたという側面もあるのではないでしょうか。  誕生日といえばちょっと不思議な話があります。あれは、わたしが結婚生活にサヨナラし、新たな暮らしの基盤を築くべく娘を式根島の両親に預けて、単身本州のとある会社で働いていた30代前半のあるバースデーのことでした。  その日、わたしは会社の倉庫で作業を行っていました。呉服まわりのものを扱うその会社の倉庫では、年配のおじさんおばさんが合わせて10人程、和気あいあいと働いていました。その日の急ぎの任務である呉服店のちらしを封筒に入れる作業も、年季が入っていてスピーディー。合いの手も『あがったよ!』『ハイヨッ』『◯ちゃん次持ってきて!』『残りの仕事量を見るとやる気がなくなるから手元だけを見ろ!』などと、コミュニケーションもスムーズに、終始明るい空気です。昼休みには、とうとう老眼鏡を遠近両用にしたとか、入れ歯を飼い猫が引きずっていって無くなったとか、シニアな話題で盛り上がっていました。

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新井由木子【まだたべ】vol.022 かんなんぼうしの巻 | www.deliciousweb.jp

悲しい伝説にまつわる不思議な出来事。“まだ食べたことのないもの”が気になって仕方がないイラストレーター・新井由木子さんが、食べるモノや関わるヒトと奮闘する日々を綴ります。  冷たい風の強い日です。こういう日はわたしの故郷、式根島の冬を思い出します。ビュウビュウと強い海風が常緑の椿や椎の木を揺すり、『ウサギが飛ぶ』と島の人が言い表わす白波が点々と、深い紺色の海の上に現れます。  式根島を含む伊豆諸島では、旧暦1月24日を『海難法師(かんなんぼうし)』の日と呼んで忌み日にしています。それは恐ろしくも暗い伝説によるものです。  昔、厳しい年貢の取り立てに来た悪い代官の船を島民たちが浸水させて溺れさせると、代官の体がバラバラになって各島に流れ着いた。これが『かんなんぼうし』だというのが、わたしが幼いころから聞き覚えていた伝説です。少し調べてみると、わたしの勘違いなのか、口伝するうちに変わったのか、怨霊は沈められた代官ではなく、沈めた側の島民でもあるらしいことがわかりました。  それが大島ではしっかりとした伝説として残っていて、代官を沈めた島民たちを『日忌様(ひいみさま)』と呼び祀(まつ)っているようです。伊豆諸島各島での違い、時代ごとの変化も調べなければ責任のあることは言えないので、引き続き調べたいと思います。  さて、この怨霊が訪れるといわれる旧暦1月24日・25日の2日間を、式根島ではそれぞれ『親だまり』と『子だまり』と言い、厄を払うとされる匂いの強いトベラという木の枝を門戸に刺し、夜に外に出ることは禁じられていました。昔は家の外にあったお手洗いにも行かれませんから、この日は水物を避け、お餅を食べて備えたそうです。毎年とても怖くて、声をひそめて過ごした2日間だったのを覚えています。  そして、この日には必ずと言ってよいほど海が凪ぎました。島の2月といえば海は荒れる日が多いなかで、毎年それは不思議なことなのでした。  ある年の『かんなんぼうし』の日については奇妙な記憶があります。  それは中学生だった頃のこと。わたしは学校の窓からぼんやりと外を眺めていました。  式根島中学校の北側の窓からは海が一望でき、本州方面に新島・利島・大島が見えます。一番近い新島は白い岩肌も緑の山も海岸の桟橋までもが鮮やかに見え、遠い利島や大島は水平線上に青い影となって重なりあっています。

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新井由木子【まだたべ】vol.021 ecoma coffeeの巻 | www.deliciousweb.jp

街の色をさりげなく変えてくれた小さなカフェとは。“まだ食べたことのないもの”が気になって仕方がないイラストレーター・新井由木子さんが、食べるモノや関わるヒトと奮闘する日々を綴ります。  わたしの自宅とわたしの小さな書店ペレカスブックを結ぶ街道上に「ecoma coffee」はあります。  朝の時間を楽しむ常連さんや、お昼ごろにフラリと訪れた様子のお友だち同士。散歩の途中で休まれるおじいさん、おばあさん。ご家族からおひとり様、ワンコを連れた方はポカポカと陽のあたる表の席で。紺色のシェードと白い壁が美しい小さなお店には、見かけるといつも人がいます。  ecoma coffeeを営むのは、新婚ホヤホヤのミホちゃんとジュンペイくんという若夫婦です。自宅の近所なこともあって、わたしは1日に何度もecoma coffeeの前を自転車で通過するのですが、その度にこのecomaの夫婦が「あらいさーーーん!」と呼びかけてくるのです。  横目で確認すると、ecoma coffeeの四角い窓にミホちゃんかジュンペイくん、まれに2人で窓枠にギュッと詰まって、ニコニコ手を振っているのが見えますが、返事をする余裕もないままに、その光景は一瞬にして後ろに流れ去っていきます。  だいたいecomaの夫婦が「あらいさーーん!」の『あ』を言う時にはecomaの店の真ん前でも、『らい』の時には隣の隣の郵便局を通過中です。そんなにスピードを出していない運転ですが、『さーーん!』という声はすでに背中で聞いているわたし。この後には「いってらっしゃーい!」が続くと思われますが、もうわたしは街道の彼方に豆粒のように小さくなって見えていることでしょう。  そしてわたしはいつもその明るい声に驚いて、自転車のハンドルが揺らぎます。自転車を一生懸命漕いでいる時に、年齢的に反射神経も鈍ってきているわたしへ、いきなり声をかけたら危ない。毎朝なのに慣れないのは、順応する能力も衰えてきているのでしょうか。  先日直々に、安全運転のためにペレカスへの声かけは心の中だけにして欲しい旨をお伝えしました。  ともあれ、毎朝このお店の前を通るのはとても嬉しい。声かけをお互いに心の中にしてからは落ち着いて、ecomaのことを考える一瞬になっています。

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新井由木子【まだたべ】vol.020 自己肯定の女の巻 | www.deliciousweb.jp

何十年と生きていたって、世の中にはまだ食べたことのないものが溢れています。隣の家では毎日のように食卓に並んでいるのに、我が家では見たことも聞いたこともない、なんていう食べものもあるかもしれません。この連載では、そんな“まだ食べたことのないもの”が気になって仕方がない、というイラストレーター・新井由木子さんが、食べるモノや関わるヒトと奮闘する日々を綴ります。  わたしの営む小さな書店ペレカスブックは、せんべいで有名な街の宿場町通りにある「カフェコンバーション」の中にあります。最寄り駅は、上野から電車で約20分、半蔵門線なら直通スカイツリーラインの草加駅です。  カフェコンバーションはぶ厚い『ほっとけーき』と濃くて苦い珈琲『おりじなるブレンド』にファンが多く、皆さんに愛されてもう14年も営業を続けています。 「おしゃれなカフェ」などと言われていますが、都会的な小綺麗さではなく、優雅にめかしこんだ店構えでもありません。古いものをかっこよく見せている、という言い方が一番しっくりきます。  それも古くて良いものというよりは、壊れた農機具の部品とか、廃校の壁から剥がしてきた巨大な時計とか、値段のつかないというよりは値段が無いものたちをステキに見せる。板がずれて釘の飛び出たリンゴ箱も、おしゃれだと言われて、さぞびっくりしていることでしょう。  建物自体もゆうに築50年は経過している古い倉庫を、コンバーション店主(以下コンバーション)が自分で改装したものです。  古い木材の暗い茶色、所々に錆が出た赤っぽい茶色、昔のレトロな柄付きガラスの窓に、コンバーションが自分で塗った漆喰壁の柔らかい白が美しく映えます。そして、コンバーションが自ら貼り付けたタイルのテーブルに、全て違う形の椅子やソファが置かれていて、それらがゴチャゴチャすることなく不思議とすっきり落ち着いて、一つの空間を作り上げています。  そもそもコンバーションは、カフェをやる前は塗装屋さんだったそうです。  というかカフェ開業の資金を塗装業で稼いだそうで、丁度カフェを出て見上げると空高くそびえている赤白の鉄塔はコンバーションが昔塗ったものだそうな。塗装業の前は陶芸の勉強をしていたそうな、その前は宝石を売っていたそうな、その合間にサーフィンをしていたそうな、建築の学校を出ているそうな、洋服を売っていたそうな……。

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新井由木子【まだたべ】vol.019 勘違いの世界の巻 | www.deliciousweb.jp

何十年と生きていたって、世の中にはまだ食べたことのないものが溢れています。隣の家では毎日のように食卓に並んでいるのに、我が家では見たことも聞いたこともない、なんていう食べものもあるかもしれません。この連載では、そんな“まだ食べたことのないもの”が気になって仕方がない、というイラストレーター・新井由木子さんが、食べるモノや関わるヒトと奮闘する日々を綴ります。 「今年も終わるね」  わたしの娘は幼いころ、この言葉を聞いて12月31日でこの世は終わるのだと思っていたそうです。 「怖くなかった?」 「みんなが平気そうにしてるから、そういうものかと思ってた」  ものすごく怖いことも、みんなが平気そうにしていると自分だけ怖がってはイケナイような気になるのです。わかります。なぜならわたしも昔、人は誕生日に死ぬ、と思っていたからです。  そう思い込んでいた原因は、クリスマスはキリスト様のお誕生日なのに、クリスマスの日にテレビに流れる映像を見ると、苦しそうに十字架にかかっておられたから。クリスチャンの家庭であればすぐに誤解も解けたかもしれませんが、うちは仏教徒。誕生日という情報と十字架上の姿がゴッチャになり、幼いわたしのなかで、勘違いが生まれたのです。  そんなわたしの幼き時代の誕生日は、嬉しさと恐怖という2種類の胸の高鳴りが同時に押し寄せる、非常にスリリングなものでした。母がこしらえてくれたご馳走も、もしかしたらこれが最後かと思うと夢のように輝いて切なく見えました。夜は布団の中でサヨナラの涙が流れ、翌朝いつものように目が覚めると『今年も乗り切ったんだ!』と、達成感がありました。そしてお年寄りは、ものすごい回数の誕生日を乗り切ってきて、すごいなあと思っていました。  わたしはそういう“勘違い”が好きです。勘違いの向こうには別世界があるからです。  例えばエレベーターを呼ぶ時に押す上下ボタンは自分の行きたい方向を指示するのではなく、そのボタンでエレベーターの箱を直接動かしているのだと、わたしは結構長い間、思っていました。

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新井由木子【まだたべ】vol.018 島のクリスマスとおばさんの絶叫の巻 | www.deliciousweb.jp

何十年と生きていたって、世の中にはまだ食べたことのないものが溢れています。隣の家では毎日のように食卓に並んでいるのに、我が家では見たことも聞いたこともない、なんていう食べものもあるかもしれません。この連載では、そんな“まだ食べたことのないもの”が気になって仕方がない、というイラストレーター・新井由木子さんが、食べるモノや関わるヒトと奮闘する日々を綴ります。  わたしは昭和40年代の生まれです。幼少時の写真は全てセピア色。十年ひと昔と言いますが、ひと昔が5つも重なって、子ども時代は遠い昔になりました。  その頃暮らしていた式根島は離島特有の条件下で、当時の世の中より更に少し古い時間を刻んでいました。  水は雨水をろ過して飲んでいましたし、停電も多かったし、道も舗装されていませんでした。  物資は船で本州から運んでくるのですが、島の港も今ほど整備されてはいなかったので、少し風が吹くとたちまち欠航。物資を積んだ大型船は、港の少し沖合で着岸できるかしばし迷う様子を見せた後「やっぱ無理、ごめんね」という感じで去って行く。特に海風が強くなる冬には、欠航ばっかりでした。  当然、食品に関しては運ばれてくるものは賞味期限の長いものばかり。生乳などもっての外ですから、給食には牛乳ではなく保存性がよく栄養価の高い脱脂粉乳が出されていました。  粉になった牛乳にお湯を注いで出来上がる脱脂粉乳のミルクは、大きなポットにたっぷり入って熱々で教室にやってきます。ポットからそれぞれのアルミのお椀に注ぐと、白い乳から甘い匂いが立ち上ります。  美味しそうに書きましたが、わたしはこれがとても苦手でした。クラスメイトはみんな「おいしいおいしい」と言っていましたが、脱脂粉乳を飲ませたい先生の言葉を、みんな信じ込んで脳から騙されているのだと思っていました(洗脳という言葉はまだ知りませんでした)。思ってはいましたが、みんなが好きなコレを、わたしだけ嫌いだとは言い出せずにいました。

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新井由木子【まだたべ】vol.017 湯けむり二つ目の頭事件の巻 | www.deliciousweb.jp

何十年と生きていたって、世の中にはまだ食べたことのないものが溢れています。隣の家では毎日のように食卓に並んでいるのに、我が家では見たことも聞いたこともない、なんていう食べものもあるかもしれません。この連載では、そんな“まだ食べたことのないもの”が気になって仕方がない、というイラストレーター・新井由木子さんが、食べるモノや関わるヒトと奮闘する日々を綴ります。  銭湯って楽しい。  今は昔ながらの銭湯よりスーパー銭湯が主流になりましたね。わたしの住んでいる草加にもいくつかスーパー銭湯がありますが、かつてその中のひとつによく娘を連れて行っていました。  そこはウチから自転車で行けば身体もポカポカと温かいまま帰って来られるくらい近い、『松湯』の愛称で地元民に愛される獨協大学前駅近くの『スーパー銭湯・湯屋処まつばら』。ほぼ銭湯のようなお値段で入れるのに、ジェットバスもサウナも露天風呂もついています。わたしと幼かった娘のつつましい暮らしの、大切なうれしい場所でした。  浴場に入る前には入口から広がる食堂兼休憩室で、娘に牛乳を飲ませました。普段は飲みたがらない牛乳も、番号を選ぶとアームが伸びてきて瓶を掴むタイプの自販機の楽しさと、むあっとした銭湯の暖かい空気が冷たい牛乳を美味しくさせるのか、娘は喜んで飲んでいました。  地域の銭湯なので、知り合いにバッタリ会ってしまうことも、よくあります。それは主に娘の保育園で顔見知りのママさんたち。女湯の中は全員裸が当たり前といえども、生まれたままの姿で挨拶するのは、知り合いなのでかえって少し恥ずかしい。そして、恥ずかしい、と言うこと自体も、なんだか照れてしまうのです。  なので、さりげなーく恥ずかしいところを隠しながら挨拶をします。  右の掌で左腕の二の腕を掴み、胸を一気に隠して笑顔。あるいは体の正面を全体的に後ろに回して、首をひねって挨拶します。そして下のほうはといえば割と平気です。なんとなくですが、下よりも胸のてっぺんのほうが恥ずかしい。  湯船に沈んでジワーッと心地よくなっていると自然と心の垣根が低くなり、隣で同じようにジワーッとしている人と言葉を交わすこともあります。

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